浴室で汚れを落としながら、自分の身体がどうなっているかを確認する。
脇腹に治りかけの傷が増えている以外は、記憶の中と大差ないように思う。肉がついた様子も、やせ細った感じもしない。
滴を拭き取り、ガウンを羽織って、なんとなく肩を回してみる。ぴりりと傷が引きつるのを感じながら、1ヶ月で身体が変わるわけないか、と落ち着いた。
エドガー自身の身体だけじゃなく、邸の雰囲気も、使用人たちも、彼が見知っているものと大きな違いはない。
記憶を失っていたなんて、人から指摘されなければきっと気づかなかっただろう。
「……リディアは大丈夫かな」
けれどただひとつ、どうしたんだろうと思うほど不安定になっているものがある。
エドガーが記憶を取り戻したと知った途端に大泣きしたリディアは、エドガーが少しでも離れるのを嫌がる素振りをする。
心細そうな顔をして、彼の上着を掴んだ手をなかなか離せない。
一緒にお風呂に入る? と聞いたら真っ赤になって離れていったのはとてもリディアらしい行動だけれど、なんでもないときに不安がってくっついてくるなんて、どれだけ寂しい思いをさせたのだろう。
弱々しい姿が痛ましくて、調子に乗る気にもなれない。ひたすら優しくしなくては、と思うけれど、どれほどのスキンシップを許してくれるだろう。
寝室に行くと、ソファにちょこんとリディアが座っていた。
エドガーの姿を認めるとほっとしたように相好を崩し、彼を迎えるように立ち上がる。
思わず大股で歩き、リディアの傍に身を寄せた。
「ごめんね、待たせたかな」
「ううん。あの、傷は大丈夫?」
当たり前のように肩を抱くと、当たり前のように身を寄せてくる。
ぴったりとくっついたままソファに腰掛けると、ケリーとレイヴンがタイミングを計ったように紅茶を運んできた。
湯気が立っている紅茶にブランデーを垂らし、一礼すると静かに出て行く。
「平気だよ。もうほとんどふさがってる」
「そう、よかった……」
柔らかな髪の毛を弄ると、まだ少し湿っていた。水気を飛ばすように指で梳くと、ふわりといい香りが漂ってくる。
「今日のお湯は、ローズオイル?」
「薔薇だけだときついからって、ケリーがブレンドしてくれたの。なんだったかしら、ラベンダーと……」
お湯に浸かって、紅茶を飲んで、落ち着いたのだろうか。リディアの穏やかな様子に、エドガーは密かにほっとする。
肩に掛かる体重が重くなった。顔を覗き込むと、軽く目を瞑ってしまっている。
エドガーはリディアの手から空になったカップをとり、ベッドに行こう、と促した。とろんとした目で、リディアは眠たそうに応じる。
あどけない、可愛らしい様子に頬が緩む。リディアが立ち上がる前に、エドガーは彼女を横抱きにして抱き上げた。
「えっ……エドガー」
「寝ぼけて転ぶといけないから」
そんなこと……と、もごもご呟いていたけれど、リディアは大した抵抗もせずにエドガーの首に腕を回した。
ことんと頭を方に預けてくる仕種は本当に眠そうで、疲れてるな、と胸が痛む。
あれだけ泣けば、無理もないことだと思うけれど。
ふかふかのベッドにそっと下ろすと、細い身体が静かに沈んでいく。
そのまま眠ってしまいそうなリディアの頬を撫で、髪を梳いて、おやすみと囁く代わりに額にキスを落とした。
疲れてるなら、一緒に眠らない方がいいだろうな、と、少し残念に思いながら考える。
静かな呼吸を繰り返すリディアを眺めてから、彼女をゆっくり眠らせるために、別の部屋へ行こうとした。
「………エドガー?」
踵を返そうとしたところを呼ばれて、振り向く。
眠そうな目を瞬かせていたリディアは、エドガーがどこかへ行こうとしていたと気づくと、一気に不安そうな顔になった。
「どこに行くの?」
身を起こして切羽詰まった声を出すリディアに驚き、手を伸ばして抱きしめる。
エドガーの体重で沈んだベッドの揺れが収まるまでぎゅっとリディアを抱きしめ、優しく優しく髪を梳いた。
「……寒いかなと思って。毛布を取ってこようとしただけだよ」
「いらないわ」
小さな手のひらの感触を背中に感じる。うん、と呟いて、エドガーはリディアを抱いたまま上掛けの下に潜り込んだ。
普段なら苦しがって、恥ずかしがって離れようとするくらい、強く腕に力を込める。
エドガーの胸に顔を埋めたまま動かないリディアの腕の力が緩むまで、エドガーは細い身体を抱きしめていた。