伯爵と妖精、オリジナルなど。コメント等ありましたらお気軽にどうぞv
対象年齢はなんとなく中学生以上となっております(´v`*)
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彼女はいつも、ここであってここでない場所を見ている。
そう、さながら現実に在りながら夢を見続けているように。
彼女の焦点が定まるのはごく稀で、自分か父親――彼女が存在を認識する数少ない人間が名前を呼ぶ時だけ、微睡みから醒めるように、真っ黒な瞳に煌めきが点る。
そうして意志を灯した大きな瞳は黒曜石のようで、同じ「黒」でも自分とは種類が違うようだと、カイはしみじみ思うのだ。
「レイ」
白い花に埋もれて座る彼女に向かい合って、カイは明確な意志を持って名前を呼ぶ。
彼女に届くのは、言葉ではなく想いだ。思考まではどうかわからないが、少なくとも彼女には他者の感情を読む力がある。
読もうと思って読むのではなく、ただ「感じて」しまうのだろう。カイにも似たようなところがあるから、その感覚はなんとなくわかる。
他者の感情など煩わしいものでしかないけれど、彼女にとっては楔になる。
カイが、彼女の身体が存在している「ここ」に、意識を、あるいは魂をつなぎ止めておくための、楔だ。
「レイ、……レイ?」
いつもよりも反応が鈍い。
肩を掴んで揺さぶってもいいだろうかと思うが、身体に刺激を与えても無意味だということはよく知っている。
もう一度名を呼ぶために息を吸う。音となって吐き出すのをとどめるように、一陣の風が通り抜けた。
白い花弁を巻き上げて、彼女とカイの黒髪を乱す。白馨石(ぴゃっけいせき)に囲まれたこの空間で生まれた風は自然のものではなく、カイは顔を腕で庇いながら目をすがめた。
存在自体がエネルギーそのものの精霊は、上位になればなるほど、ちょっとした顕現でもこうして場の大気を乱していく。
姿が欠片も見えていない段階で風が狂うとは、一体なにが現れようとしているのか。
カイは息を詰めて注視したが、漆黒の目に止めることができたのは、母のものよりもまだ細い、たおやかな女の腕だけだった。
「……あ、ニイ、サマ」
「やっと気づいたか」
「ニイサマ」
カイを認めて、彼女が口元を綻ばせる。
五歳年下の妹は、表情が動けばしっかり年相応の五歳児に見える。
小さな手をカイに向かってうんと伸ばして、身体全体のバランスがそれについていかなくて、白い花の上にぽすんと倒れた。
カイは笑って、白い花びらを彼女の上に降らせた。目をぱちくりさせていた彼女は、降ってくる花弁を受けて、くすぐったそうに笑う。
「今日はなにを見てたんだ?」
「きょう、今日、は。お花を……お花になって」
「レイが? 花に?」
抱き起こして座らせてやりながら、カイは彼女にあわせてゆっくりと会話をする。
ふるりと少女が首を振ると、真っ直ぐな黒髪に引っかかっていた花弁がひらひらと舞い落ちた。
「お花……咲いたら散っちゃうから、咲いちゃだめよって。つぼみでいなさいって。かれないでって」
「言ったのはさっきの、女の精霊?」
ことんと首を傾げた後、またふるりと髪を揺らす。
要領を得ない会話は、けれどいつものことだ。
こうして会話をする目的は、彼女に言葉を教えることである。五歳になるまで沈黙の中で育ってきた彼女は、語彙力も乏しければ、概念も乏しい。
大っぴらに会いに来れない状態だが、だからこそ、一緒にいる間は彼女を「あちら」から引き戻して、カイは途切れることなく会話をする。
意識を向けてくれる人がいれば、彼女は「あちら」に行こうとはしない。「あちら」のものは、人間ほど明確な意志を持って彼女を呼ぶことはない。
ない、はずだ。
「レイ、どうせ見るなら、眠りの中で夢を見ろ。精霊たちの世界じゃなく、お前の願望が現れる世界を」
きょとん、と目を瞬かせる妹の頭を撫でる。さらさらした髪質は、自分のものによく似ている。
「お前がいる場所はここだよ、レイ。……早く区別をつけれるようにならなくちゃ」
彼女は瞬きをくり返すだけで、答えない。きっと意味がわからないのだろう。こちらと「あちら」があることすら、彼女にはわかっていないに違いない。
「もう遅い。お休み、レイ」
ふっくらとした頬をぺしぺしと撫でて、カイは自身も立ち上がる。また来るから、と告げる時には、もう瞳の煌めきが失せてしまっている。
ため息をついて、目を閉じさせた。踵を返したが、上衣の裾を引っ張られる。
瞠目して振り向くと、目の焦点が覚束ないながらも、彼女はカイを一生懸命に見ようとしている。
「おやすみ、なさい」
「……うん、お休み」
頭を撫でると、ふにゃりと笑う。カイも微笑んで、また明日、と呟いた。
そう、さながら現実に在りながら夢を見続けているように。
彼女の焦点が定まるのはごく稀で、自分か父親――彼女が存在を認識する数少ない人間が名前を呼ぶ時だけ、微睡みから醒めるように、真っ黒な瞳に煌めきが点る。
そうして意志を灯した大きな瞳は黒曜石のようで、同じ「黒」でも自分とは種類が違うようだと、カイはしみじみ思うのだ。
「レイ」
白い花に埋もれて座る彼女に向かい合って、カイは明確な意志を持って名前を呼ぶ。
彼女に届くのは、言葉ではなく想いだ。思考まではどうかわからないが、少なくとも彼女には他者の感情を読む力がある。
読もうと思って読むのではなく、ただ「感じて」しまうのだろう。カイにも似たようなところがあるから、その感覚はなんとなくわかる。
他者の感情など煩わしいものでしかないけれど、彼女にとっては楔になる。
カイが、彼女の身体が存在している「ここ」に、意識を、あるいは魂をつなぎ止めておくための、楔だ。
「レイ、……レイ?」
いつもよりも反応が鈍い。
肩を掴んで揺さぶってもいいだろうかと思うが、身体に刺激を与えても無意味だということはよく知っている。
もう一度名を呼ぶために息を吸う。音となって吐き出すのをとどめるように、一陣の風が通り抜けた。
白い花弁を巻き上げて、彼女とカイの黒髪を乱す。白馨石(ぴゃっけいせき)に囲まれたこの空間で生まれた風は自然のものではなく、カイは顔を腕で庇いながら目をすがめた。
存在自体がエネルギーそのものの精霊は、上位になればなるほど、ちょっとした顕現でもこうして場の大気を乱していく。
姿が欠片も見えていない段階で風が狂うとは、一体なにが現れようとしているのか。
カイは息を詰めて注視したが、漆黒の目に止めることができたのは、母のものよりもまだ細い、たおやかな女の腕だけだった。
「……あ、ニイ、サマ」
「やっと気づいたか」
「ニイサマ」
カイを認めて、彼女が口元を綻ばせる。
五歳年下の妹は、表情が動けばしっかり年相応の五歳児に見える。
小さな手をカイに向かってうんと伸ばして、身体全体のバランスがそれについていかなくて、白い花の上にぽすんと倒れた。
カイは笑って、白い花びらを彼女の上に降らせた。目をぱちくりさせていた彼女は、降ってくる花弁を受けて、くすぐったそうに笑う。
「今日はなにを見てたんだ?」
「きょう、今日、は。お花を……お花になって」
「レイが? 花に?」
抱き起こして座らせてやりながら、カイは彼女にあわせてゆっくりと会話をする。
ふるりと少女が首を振ると、真っ直ぐな黒髪に引っかかっていた花弁がひらひらと舞い落ちた。
「お花……咲いたら散っちゃうから、咲いちゃだめよって。つぼみでいなさいって。かれないでって」
「言ったのはさっきの、女の精霊?」
ことんと首を傾げた後、またふるりと髪を揺らす。
要領を得ない会話は、けれどいつものことだ。
こうして会話をする目的は、彼女に言葉を教えることである。五歳になるまで沈黙の中で育ってきた彼女は、語彙力も乏しければ、概念も乏しい。
大っぴらに会いに来れない状態だが、だからこそ、一緒にいる間は彼女を「あちら」から引き戻して、カイは途切れることなく会話をする。
意識を向けてくれる人がいれば、彼女は「あちら」に行こうとはしない。「あちら」のものは、人間ほど明確な意志を持って彼女を呼ぶことはない。
ない、はずだ。
「レイ、どうせ見るなら、眠りの中で夢を見ろ。精霊たちの世界じゃなく、お前の願望が現れる世界を」
きょとん、と目を瞬かせる妹の頭を撫でる。さらさらした髪質は、自分のものによく似ている。
「お前がいる場所はここだよ、レイ。……早く区別をつけれるようにならなくちゃ」
彼女は瞬きをくり返すだけで、答えない。きっと意味がわからないのだろう。こちらと「あちら」があることすら、彼女にはわかっていないに違いない。
「もう遅い。お休み、レイ」
ふっくらとした頬をぺしぺしと撫でて、カイは自身も立ち上がる。また来るから、と告げる時には、もう瞳の煌めきが失せてしまっている。
ため息をついて、目を閉じさせた。踵を返したが、上衣の裾を引っ張られる。
瞠目して振り向くと、目の焦点が覚束ないながらも、彼女はカイを一生懸命に見ようとしている。
「おやすみ、なさい」
「……うん、お休み」
頭を撫でると、ふにゃりと笑う。カイも微笑んで、また明日、と呟いた。
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