伯爵と妖精、オリジナルなど。コメント等ありましたらお気軽にどうぞv
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「幸福に普遍ってあるのかな」
リディアの仕事部屋に居座って、珍しくペーパーバックなんかを読んでいたエドガーが突然そんなことを言い出した。
いかがわしい本じゃないでしょうね、と密かにやきもきしていたリディアは、本から顔を上げずにそんなことを言う夫に首を傾げる。
彼は時々、すんなりと意味のとれないような難しい話をし出す。
「普遍って?」
「うん……どこの誰が見ても、体験しても、これは幸福だって思えるような出来事とか、象徴とか」
あるのかな、と、首を傾けたリディアにあわせるようにして、彼も首を傾げる。
リディアはちょっと考えて、あるんじゃないかしら、と軽く答えた。
「おいしい食事とか、安心していられる場所とか。そういうのって幸福じゃない?」
「なるほどね」
素朴で、だからこそ本質をついているように思えるリディアの言葉に、エドガーは笑う。
リディアらしい、と言いながら、けれど彼にはなにか他の考えがあるようだ。
「変かしら」
「そんなことない。ちょっと想像したのと違っただけ」
「あなたは、なにを想像してたの?」
読みかけの嘆願書を机の上に置いてまでエドガーの話に付き合うのは、彼にいつもの軽さがあまり感じられないからだ。
灰紫が愁いに沈んでいるように見えれば、リディアは放っておくことができない。
「僕が思ってたのは、きみのこと」
「……あたし?」
そう、と頷くエドガーは、ペーパーバックを机に伏せて、ソファにゆっくりもたれかかる。
思考をまとめるようにあらぬところへ視線をやった彼は、そのままそっと目を閉じた。
「僕にとっての幸福は、きみ。食事も寝床も、失ってもなんとかなるもんだなっていうのは知ってるからね。でも、きみを喪ったら、僕はきっと死んでしまう」
静かな声音に、リディアは目を瞬かせる。
エドガーの穏やかな面をじっと見て、そこからなんの感情も伺えないことを悟ると、リディアはそっと目を伏せた。
「それならあたしは、あなたの幸福ではないんだわ」
視界の端で、彼が身じろぎする。顎を上げて、睨むように見つめて、リディアはきっぱりと言った」
「形が変化したら手のひらを返して脅かすなんて、そんなの幸福のはずないもの」
「リディア」
「あたしはあなたを、傷つけるの?」
迷うように、彼の目が揺れる。少し焦った顔をしているのは、リディアが泣き出しそうにでも見えるのだろうか。
「そう……だね、いや、違う。違うよ、リディア」
「なにが違うのよ」
「違う。きみがいない世界で生きていたくないっていうのは僕のわがままで、傷つけるとか傷つけられるとか、そんなんじゃない。リディア」
じっと力を入れていた眉間を少し緩めたら、見る見るうちに瞳に水分が溜まってしまった。
しまった、と顔を俯かせた数秒の間に、エドガーがすぐ近くで顔を覗き込んでいた。
「ああ、ごめん泣かないで。違うんだよ。僕が言いたかったのは、リディアがいてくれたら幸せってことで」
手袋を外した手が、柔らかくリディアの頬を撫でる。ほろほろと零れだした涙を優しくすくい、唇を寄せて吸い取った。
「僕にとっての幸福はリディアだから、愛する人を幸福とするのなら、幸福を象っているものは千差万別だ。――じゃあ普遍的なものはなんなんだろうって」
「……なんでそんなこと、思いついたの?」
「普遍があるなら、守っていける。失わないよう、いつまでも」
涙で顔を濡らすリディアよりも、エドガーの瞳の方が揺れているように見える。
リディアは息をついて、わき上がる切なさをやり過ごした。
――彼はこうして、失う未来ばかりを思い描いていたのだろうか。
「あたしが、あなたの幸福なの?」
「そうだよ」
「じゃあ、あたしはやっぱり、あなたの幸福じゃなくなるように、頑張らなくちゃ」
間近で覗き込んでくる瞳を真っ直ぐに受け止めて、リディアは不思議そうな顔をするエドガーの頬に口づける。
「あたしがあなたの傍にいるのは、当たり前のことで、なにも特別なことじゃないんだって、あなたに思ってもらわなくちゃ」
愛してるわ、と囁くときには、さすがに気恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
上着の襟を緩く掴んで、首元に額をすり寄せる。いなくなったりなんかしないもの、と呟くと、ぎゅうっときつく抱きしめられた。
エドガーが手を離したら椅子から転げ落ちてしまいそうなくらい体重を傾けて、なにも言わず髪を梳いていくエドガーの呼吸をただ感じている。
「でもねリディア」
「なによ」
「こんなに幸せなのが当たり前だなんて、なかなか思えないよ」
まだ言うの、と頬を膨らませてエドガーを見上げる。
けれど見つめた先に憂いはない。蕩けそうな顔をしてリディアの額に唇を寄せるエドガーに、彼女は密かに安堵した。
普遍なんていらないわ、と言い切るリディアを、エドガーは眩しそうに見やる。
そうだね、と頷いたエドガーが本当に納得したのかどうかは、口づけに紛れて確かめられなかった。
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