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伯爵と妖精、オリジナルなど。コメント等ありましたらお気軽にどうぞv 対象年齢はなんとなく中学生以上となっております(´v`*)
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この間の続きっぽく。ちびカイとお母さんが出てきます。
花守の世界観に重要な精霊の説明もちらっと書いてみましたが、書けば書くほど蛇足のように思えてくる罠。わかりにくいよ! と思われましたら、すっぱりと削ってとばしてやってください(´v`)


+++

 いくつもある神殿の中心に、ひときわ天井が高く、細長い塔のような建物がある。真っ白に輝く白馨石がふんだんに使われているのはどこの神殿にも共通するものだけれど、天井にはめ込まれた色のついた硝子は、この塔を特別な場所であると主張していた。
 ここは大巫女の間。国の中心であり、ふたりの”黒の御子”を産んだ女性の住居でもある。
 午前のうちに淡々と家庭教師に出された課題のすべてを終わらせたカイは、すべての付き人を置いて母親のもとへと赴いた。大巫女のもとへ行く時だけは、わざわざまかなくてもひとりになれるのがありがたい。
ひとりになりたい時は、自分でそういった機会をわざわざ作らなくてはいけないカイは、思いつくとよく母親のもとへ出向いた。大巫女の間は”力”に満ちていて常人では立ち入るのにかなりの気力を使うようだが、彼は気軽に訪ねていく。母親に会いに、というよりは、人の気配がない気軽な場所へ行く感覚で。何しろ母親は、そこに誰がいようと何があろうと関係なく、いつでも心を精霊の世界へと飛ばしているのだから。
 けれど今日は、どこか様子が違った。頭を低くする侍女の傍らをすり抜けて扉の中へ足を踏み入れた途端、鳶色の瞳がまっすぐにカイを見て微笑んだ。
 驚いて、ちょっと息をのむ。扉が完全に閉まったのを確認してから、彼は一直線に母親のもとへと歩を進めた。
 天窓から落ちる色のついた光を浴びて、大巫女の瞳は確かにカイの姿を追ってくる。
「………かあさん」
「カイ」
「ひさし、ぶりだ。びっくりした。どれだけぶりか、覚えてる?」
「さあ、どれだけかしら。あちらの世界を見ていると、時を数えるのを忘れてしまうの」
 涼やかな声が耳に心地いい。伸ばされたたおやかな手のひらに大人しく頭を撫でられながら、半年くらい、と、呟く。なるべく平静な声音で、待ちわびていたことを悟られないように。
 正気を違えたと言われている母親が、本当に狂人になったわけではないと知っているのは、カイと父親を除けば大巫女の世話を一手に引き受けている年老いた侍女ひとりだけだ。普段夢見るように焦点の合わない瞳は、ここではなく精霊の世界を映している。精霊の世界を覗いて、魂をそちらの世界にゆだねて。そうして時たま、こちらに置き去りにされている身体の中に、彼女は還ってくるのだ。
「そう。そういえば、少し背が伸びたみたい」
「うん……どうかな。でもまだ、とうさんよりはだいぶ低いよ」
「そんな簡単に抜かしてしまっては、あの人が拗ねてしまうわ」
 ふふ、と、柔らかな印象を与えるかんばせが、ほんの少し甘さを含んで笑み崩れる。お父さまに花を持たせておやりなさい、と優しく諭すその声が、大巫女ではなく完全に母親のものとなって、カイはやっと肩にいれていた僅かな力を抜いた。
 母親は近いけれど、大巫女は遠い。カイにとって目の前にいる女性は、信頼のおける身内でありながら、自分のすべてを見透かす驚異の対象でもあった。精霊神にもっとも近しいところにいる大巫女は、ときおりカイの目にでさえ、人ではない、本能的に畏怖を感じる存在に映る。
「……いつもよりも顔つきがしっかりしてる。もしかして、今回は長くいる?」
「そうね、二日……三日は、無理かもしれないわ」
「一日いてくれれば上等だよ」
 ほんのりと笑う母親に屈託なく笑いかけて、父さんを呼んでくる、と踵を返した。が、すぐに呼び止められる。振り向くと、母親はちょっと困ったような顔をして首を傾げていた。
「どうしたの」
「少し、あなたに……聞きたいことがあるのだけど」
「なに?」
 手招きに従って、母親の側による。しゃらり、と衣擦れの音を響かせて彼女は立ち上がり、カイを下から覗き込むようにして跪いた。
「あの子に会った?」
 会った? と疑問系で紡ぎながらも、事実をただ確認しているだけのようだった。カイはちょっとたじろいで、けれどすぐに小さく頷いた。怒られるような気配はない。
「会ったよ。少し、喋った」
「そう……。ね、カイ。あなたからは、あの子はどう見える?」
「どう、って……」
 母親の意図が読めずに、思わず鳶色の瞳を凝視する。真っ直ぐに見返しても、臆することなく真っ直ぐに返ってくる瞳。久しく視線を合わせなかった母親のそれを懐かしいと感じる一方で、つい最近に似た形の、真っ黒な色彩に見返されたことを思い出す。そうして漠然と、母親が聞きたがっていることを理解した。
「かあさんに似てる。レイは、こっちの世界をあんまり見てないね」
「そう……見える?」
 うん、と頷いた後で、レイカが大きな瞳を真っ直ぐ自分に向けてきたことを思い出す。精霊の世界を覗いていても、レイカはカイの視線に気づいていた。
「でも、完全にあっちにいってるわけじゃないみたいだ。かあさんみたいに、自分の意志とは関係なく、あっちの世界を見てるわけじゃなくて」
 言いながら、あれ、と思う。これは変じゃないだろうか。
「……レイは、精霊の世界を、自由に覗き見できるのかな」
 普通はそんなこと、できるものではないのだけれど。
 母親の顔を伺うけれど、笑い飛ばしてくれるような気配はなかった。そわり、とうなじの産毛が逆立つ感覚がした。腕を見ると、寒くもないのに鳥肌が立っている。
 精霊とはなにか。精霊の世界とはどういったものなのか。その実態を理解しているものはいない。強大な力を内に持ち、その存在の気配を色濃く感じられるカイでさえ、あれは何かと聞かれたら詳細には言えない。それでも説明しろと言われれば、「形のない、あらゆるもの」と答える。
 精霊を見るのにはコツがいる、のだそうだ。カイ自身はとくに意識せずともやってのけるから、よくわからないのだけれど。闇雲に目を凝らしても、精霊は見えない。その姿をはっきりと知覚するには、精霊の気配を感じ取り、意識をその気配に添わせて、そしてそうっと輪郭を辿っていかなくてはならない。輪郭の線を結んで初めて、その全貌を「見る」ことができる。
 だから、対象が強大になればなるほど、その作業は困難になる。下位精霊であれば、あれはもともと明確な形を持たないのだから、少し意識するだけでたいていの人間は光の靄として見ることができる。けれど高位精霊や精霊神になると、影しか見ることができなかったり、その気配だけで圧倒されて意識を持って行かれたりしてしまう。
 それが単体の精霊でなく、世界にまで及ぶとなると、相当の負担だ。カイは夢見る間に垣間見たことしかないし、大巫女を務める母親でさえ、身体を置き去りにして意識を飛ばしてしまっている。
 気軽に覗き、気軽に視線を逸らせるような、そんなものでは断じてないのに。
「……すごいね」
 感嘆の言葉なんて、初めて紡いだ。カイは瞳を煌めかせて、顔一杯に笑顔を作る。
”黒”は特別なのだと、ずっと言われて育ってきた。けれど自分にとって普通であることが特別なのだと褒めそやされても実感はなく、なんの感慨も感じない。けれどレイカが、本当にそんなあり得ないようなことをやってのけているというのなら、それはすごいことなのだと、素直に思う。
「あなたはそこで、感心するのね」
 眉尻を下げて、母親が笑う。愛おしそうに、困ったように。カイは目を瞬かせて、ゆっくりと立ち上がった母親の顔を目で追った。柔らかなかんばせが、愁いを帯びて僅かに翳る。
「わたしは、おそろしいわ」
「……かあさんが?」
「カイ、レイカはね、覗き見ているつもりではないのよ。あの子には、こちらとあちらの区別すらついていないのだと思うわ」
 ほっそりとした指先を緩く組んで、憂い顔をそっと伏せる。
「物思うだけで世界が変わる、その不思議さにも気づいていないの。真っ新なのだわ。本当に、どうして………人であれば、人として生まれたのであれば、備わっているはずの情動が、あの子にはまるで感じられない」
 ふ、とカイの頬をそよ風が撫でた。空気が動いて、ほのかに光る柔らかな靄が、嘆く母親を宥めるようにやんわりと取り巻く。
「人であるのに、あの子はとても、精霊に近い。決してこのまま朽ちさせたくはないのに、どうすればあの子のためになるのか……」
「かあさん」
「人として、生きてほしいの。”黒”を預かったせいで、あなたにも不自由をさせているわ。けれどあなたにも、きちんと自分で自分の道を選んでほしいと思ってる」
「俺は、そうしてると思う。特別だのなんだのと言われても、全然実感がないから」
 心配しないで、と強く言い切る。哀しげに眉をひそめていた母親は、そうね、と小さく息をついてから、カイをじっと覗き込んだ。
「……ねえ、カイ。レイカをお願いね。あなたの妹を、可愛がってあげて」
「いいけど、ひとつ問題があるよ」
 なあに、と首を傾げる母親に、カイはわざとしかめっ面しい顔を作ってみせた。
「とうさんには、レイには会うなって言われてるんだ。少し会って喋ったことも、とうさんには内緒にしてる」
「まあ……」
 母親が父親を説得してくれることを期待しての言葉だったけれど、少し首を傾げた母親は、にこりと笑ってカイに言った。まるで少女のように、華奢な人差し指を一本、自分の口にそっと添えて。
「じゃあ、お父さまには内緒に、ね?」
 難しいことを簡単に言ってくれるなと思いながら、カイは苦笑して、それでもはっきりと頷いた。
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